九州場所 朝青龍は欠場

この日、母国モンゴルから福岡入りした朝青龍は「ひじはだいぶ良くなった。(出場への意欲は)コメントできません」と明言はしなかった。しかし、朝青龍と話し合った師匠の高砂親方(元大関朝潮)は「2人の間では話はできている。この時期に帰国しての出場は非常に厳しい」と休場を示唆した。7日の取組編成会議までに休場届を出す見通しだ。

初日のわずか3日前に場所入りしたドルジ。出場するには明らかに遅すぎですから休場は確実でしょう。残念だけれど怪我を治す方に専念してください。
それより気になるのは豊響も欠場だということ。しかも網膜剥離。ぶちかまし系の取り口なのに大丈夫でしょうか。本人は「手術をすれば、また頭からぶちかますことができる」とコメントしているようですが。

人づき合いが苦手

今回は、あなたが「人間(関係)が苦手」「人間が嫌い」という場合のメンテナンスを考えます。

 こういう人は、言い換えれば「人間音痴」「人間下手」なのです。他人と関わるたびに、傷ついたり落ち込んでしまって疲れるし、「人間(関係)が得意そうに見える人」へのコンプレックスもあります。そして例えば、仕事の人間関係がうまくいかないとか、家族と仲が悪いとか、友だちがいないとか、飲み会や集まりに呼ばれないといったことで、傷ついたりします。

 人間が苦手な人は、まず自分が人間が苦手なのだということを認めることからスタートしましょう。そして過剰なコンプレックスを抱いたり、いちいち傷ついたりすることをなるべくやめましょう。

人間音痴、人間下手・・・その通りです。人間が嫌いっていうより疎ましいって感じでしょうか。友達がゼロなわけじゃないけれど年一回ぐらい近況を知らせあうぐらいがちょうどいいです。

 例えば人間関係が得意で、人間が好きであるということは、その人にとって無理がなければ素晴らしいことです。でも、それが辛いと感じるようなら、自分にとって楽な方法を選べばよいのです。

 陸上で走るのが得意なのに苦手な水泳をあえて選ぶ必要がないように、人と関わらない生き方が居心地がよければ、その生き方で過ごせるような方法を探せばよいのです。すべての人に共通する「生き方の正解」はないのです。

こう書かれると心情的にすんごく楽になります。ただ、プライベートでは楽な方法を選べるけれど、例えば学会の懇親会などでは積極的に初対面の人と話さないといけないわけで、それがストレスでしかたない。外国人ベースのパーティもどうしていいか分からん。ああいう場でも自然体で初対面の人と楽しく歓談できる大人に激しく憧れてしまいます。

ゲームが上手で軽自動車へII

 養老署によると、3日午前7時30分ごろ、同町宇田の県道で「無人の車が動いている」と通行人から110番通報があった。署員が駆けつけたところ、コンビニの駐車場に停車していた軽乗用車の運転席で、児童が休憩しているのを発見。保護した。

 調べでは、児童は自宅でキーをつけたまま止めてあった軽乗用車に乗り込み、そのまま走行。同県関ケ原町の祖母の家を目指したが、道に迷ったという。

大阪の14歳みたいに事故がなくて良かった。けど朝7時半から「動いてる無人の車」を見つけた通行人は仰天しただろうなぁ。
ふと思ったけれど、車社会の地域じゃ子どもが遠くに行く手段なんてないんですね・・・自分が9歳のときは1人で*1電車に乗って祖母の家*2に遊びに行ってたけど、その自由は公共輸送網が発達してる都市圏だけなのか。ちょっと可哀相かも。

*1:もちろん親も了承してた

*2:東京駅経由で片道2時間半