一般人に分かりやすい説明、で失われるもの


 一般の人も無料で参加できる成果発表会というのがどんどん増えていまして、まさに一線の研究者の方々が、プレゼン方法にもかなり工夫して、上手な魅力的な発表をなさっています。

 しかし、大変だな、と思うのは、成果がいかに国民や社会に貢献するかを分かりやすく説明しようとすると、結局は、ありきたりの決まりきった表現になってしまうということです。

 「がんの予防や治療につながる」とか「メタボリックシンドロームの対策に役立つ」とか「医療コストの削減につながる」とか「食糧の安定供給につながる」とか「エネルギー問題や環境問題の解決につながる」とか。

 乱暴な言い方になりますが、どんな研究対象でも、これらのありきたりの社会貢献のいずれかにつながる、という説明はできるのではないでしょうか。

 特に、病気を早期発見して、医療費の節約に貢献する、という説明は、うかがう機会がとても多い。

 成果がどれだけ世界レベルで画期的かは、成果を発表したジャーナルのレベルなどで、およそ判断できるのでしょうが、成果がいかに社会に貢献するかという説明を、一般向けにしようとすると、どうしても説明をシンプルにしなければなりません。

 一般向けに、いわゆる“腑に落ちる”説明をするのもたいへん難しいのですが、この説明に最先端の成果を、いかに説明していくのか。しかも、専門用語はできるだけかみくだいて説明しながら、というと、たいへんなことなのです。

 成果発表会で、さまざまなバックグラウンドの聴衆を前に、どのように話すのがよいのか、これは大変なことです。

 日本の貴重な頭脳が、これら一般向けの成果発表会の準備でも、大きな負担を強いられているように思います。

 社会に情報発信する成果発表会のあり方を、いま一度見直したほうがよいのでは、とも思います。

 一方、今週火曜日に都内で開かれた第183回生命科学フォーラムは、医学や科学のジャーナリスト向けなので、ある程度バックグラウンドが揃った聴衆向けといえます。

 今回は、筑波大学大学院人間総合科学研究科運動生化学の征矢英昭教授が、「心身の統合的発達を促す運動効果〜低強度運動による海馬の可塑性と成長因子の貢献〜という題名で90分ほど講演なさいました。

 特に印象深かったメッセージは、研究で目指しているのは「快適生活」で、「健康は幻想」ということです。

 健康に生きるのが人生の目的では決してない。小さな目標でも、目標を実現していく自己実現の積み重ねが、快適生活につながる。そのためには、少しの体力、知力、意欲・夢が必要だと。

 ヘミングウェイの晩年の小説「老人と海」に登場する老猟師であるサンチャゴ爺の生き方が、参考になるのでは、と話しました。

 研究では、ちょっと体を動かすこと(講演タイトルでいう「低強度運動」)が、いかに「快適生活」に寄与するのか、内分泌から脳へと対象を広げています。

 どうして、ちょっとした運動が、心身の活性化、快適生活につながるのか、各種のホルモンや成長因子、それらの転写因子の変動を把握してメカニズムの解明にまい進しています。(以下略)
        BTJ編集長 河田孝雄

研究分野のプレゼンや論文のDiscussionでは「この研究にどんなメリットがあるか」という説明を入れる風習があります。世の中の役に立たないと予算がもらえないからなのですが、どうしても大多数に分かりやすい表現にしてしまうんですよねぇ。少し前に「パワーポイントが普及してから無難な企画ばかりになった」というウェブ記事を読んだんですが、何か似たようなものを感じました。
引用部分の後半の、征矢先生のメッセージは興味深いです。「研究で目指しているのは『快適生活』で、『健康は幻想』」ですか。確かに、健康診断でオールグリーンの結果が出て数値上は健康優良体でも「なんかシックリこないんだよなぁ」って状態はあるでしょう。しかし本来は、「心身のどこかが不快な状態」を病気と呼ぶべきだと思うんですが・・・てか「ちょっと体を動かす」ことで快適生活に近づくってのは面白いです。確かに5分でもストレッチをすると身体が軽いし、サボると不快ですからね。