大気汚染と遺伝子と


今回はまだ、環境要因と遺伝要因を突合させえた訳ではありませんが、環境が人間のバイオマーカーを大きく作用することを示した論文が、JAMA2012年5月16日号に掲載されたので、ご紹介したいと思います。衝撃を受ける論文です。私たちの生存は環境に左右されることを実感します。
 
 中国は深刻な大気汚染に悩まされています。中国政府は北京オリンピックの時に国際的な非難をかわすため、北京周辺の交通規制や工場規制を行い、オリンピック開催期間だけ北京に青空を取り戻しました。共産党政権ならではの壮大な環境改造を行ったのです。実際、その結果、大気中の粒子や汚染物質の量はオリンピック期間中に13%-61%削減されました。
(中略)
 米Rochester大学のDavid Q. Rich氏らは大気汚染の大規模な変化に目を付け、大気汚染と循環器疾患の関係を明らかにすべく、健康な成人125人のボランティアの血中のバイオマーカーを、オリンピック開催前、開催中、開催後に計測したのです。誠に目の付けどころが鋭い。その成果をJAMAに発表したのです。論文のタイトルは「Air pollution level changes in Beijing linked with biomarkers of cardiovascular disease」。
 
 遠目も霞むほどの深刻な大気汚染だからかも知れませんが、オリンピックの前後と開催期間中で統計的な有意さを示したバイオマーカーが2つ検出されました。sCD62P(接着因子Pセレクチン)とフォンビルレント因子が、オリンピック解散期間中、−34%、−13.1%とそれぞれ改善したのです。両因子とも、血管内皮細胞の機能低下や血栓症のバイオマーカーであります。大気汚染が改善するとともに、循環器疾患の重要なリスクも低下することが明らかとなったのです。こんなにも激しく大気汚染の変化が体内のバイオマーカーに短期的にも、反映されるとはびっくりしました。
(中略)
 オリンピック終幕後の大気汚染の悪化で、sCD62Pと収縮期血圧はオリンピック期間中に比較して悪化することも判明しました。あくまでもバイオマーカーの変化なので、大気汚染が循環器疾患を悪化するという直接的な証拠にはなりませんが、今後、大気汚染による循環器疾患発生のメカニズムを探る研究を行う動機を与える成果となりました。
北京オリンピックというと4年前になりますか。その時に大気汚染とバイオマーカーの関連性を調べる研究をするとは、実に目のつけどころがシャープです。こんな短期間なのに劇的にバイオマーカーの量が増減するとは、実に驚きです。
大気汚染と遺伝子というと、産業革命にともなう大気汚染と蛾の個体色の変化を思い出してしまいました。あれは都市部で周囲が黒ずんだため、明るい色の個体が捕食され、暗い色の個体が90%ほど増えたという話なのですが…ヒトの環境応対も、同等以上にスピーディですね。