朝青龍の心中

魁皇を破って勝ち名乗りを受けようとした瞬間、朝青龍の顔がぐしゃぐしゃにゆがんだ。うつむいたまま35本の懸賞を両手で押し頂いた。細い目に涙が浮かんだ。 「みんな魁皇魁皇って騒ぐのでさみしくて。一匹の狼(おおかみ)みたいだった」。観客のほとんどが地元出身の魁皇を応援していた。そんな中で3大記録を打ち立てた。 師匠で元大関朝潮高砂親方は「最後に泣いたのは、それだけプレッシャーがあったのだろう。これだけの記録を作って、もう言うことは何もない」と感慨深げだった。 モンゴル相撲の名関脇の子として生まれた。兄の1人はレスリングの五輪代表という格闘技一家だ。「飛行機に乗りたくて」と、8年前に高知・明徳義塾高からの相撲留学の誘いに乗った。 言葉は分からない。丸刈りにされた頭をぶつけ合う日本の相撲のけいこはつらかった。それでも、1年で高校総体3位に。プロに入って4年で最高位に上り詰めた。 ただ、昇進直後に相手をさがりではたいたり、まげをつかんで反則負けしたりした「悪役」のイメージがいまだにぬぐいきれない。「おれも愛されたいんだよ」と漏らすこともある。 でも、引き揚げるとき、会場の外には「朝青龍コール」が待っていた。「三つの記録を作って朝青龍(自分)に感謝したい」。両手を上げ、満面の笑顔でこたえた。

今年最後の場所も朝青龍が優勝して幕を下ろしました。場所前の評判どおりの結果だったわけですが、横綱の涙に大きく心を動かされました。7場所連続優勝、年間完全制覇、年84勝と前人未踏の記録ずくめなのに「ライバルがいないから」と過小評価されすぎているキライがあると感じます。でも、ライバル不在で集中力を欠かさず自分に負けない精神力は歴代の名横綱に勝るとも劣らないと思います。それに今日で引退だった木村庄之助に花束と心づけを渡していた姿には「悪役」の欠片も見られませんでした。立派です。「地位が人を作る」というのは本当ですね。
上に引用した記事の『「みんな魁皇魁皇って騒ぐのでさみしくて。一匹の狼(おおかみ)みたいだった」』という言葉、優勝が決まった勝ち名乗りの涙、そして表彰式の後の記念撮影での笑顔、全部が横綱の心境なのでしょう。一人横綱の孤独さ。
北の湖理事長は「ケガさえなければ10連覇までいく」と仰ったそうですが、このままいくと来年も朝青龍の一人舞台が続くかもしれません。相撲ファンとしては楽しみなような、残念なような。