つまるところ、よくわかってない


 さて、肝心のAACRです。アイスランドの火山噴火の影響で欧州から多くの研究者が参加できず、ポスター掲示が虫食い状態になったり、電話でプレゼンテーションしなければならなくなったりというハプニングはありましたが、今年もがんの基礎研究の最新の成果が集まっていました。日本の学会だとプレナリーセッションに選ばれる様な内容が、ポスターセッションとしてさらっと発表されているのですから、見て回る方も気が抜けません。大ざっぱな印象ですが、5分の1から4分の1の発表は、がん遺伝子に関連する研究成果のようでした。

 中でも多くの参加者が聞き入っていたのが、ジョンズホプキンス大学のBertVogelstein氏の発表です。大腸がんや乳がん、肺がんなど患者数の多いがん種を対象に、がん細胞のDNAシーケンシングの結果を複数まとめて、分析したものです。
AACR2010、がんで変異している主要な遺伝子は発見済み、Johns Hopkins Universityの研究者が見解
Vogelstein氏は、「シーケンシングの結果、がんで変異している遺伝子が大量に見つかったが、ほとんどはpassengersで、driversはごく一部だった」と指摘しました。
passengersとはがんの結果として付随的に変異している遺伝子という意味で、がんの発生、増殖、転移を主導しているdrivers遺伝子こそ重要だということです。この発表でVogelstein氏が言いたかったのは、「これまでに見つかったdrivers遺伝子はすべて12のパスウエイに分類できる。今後もdrivers遺伝子が発見されることはあるだろうが、この12のパスウエイからはずれたものはもうないだろう。だから、シーケンシングに労力を割くよりも、これまでに見つかった遺伝子変異の意味の解釈や治療法開発への応用に力を入れるべき段階に来ている」という点でした。

 一方で、Broad InstituteのTodd Golub氏の発表は、ニュアンスが異なっていました。Golub氏らの研究チームは、多発性骨髄腫細胞の全ゲノムシーケンシングを実施しました。その結果、統計的な有意な頻度で変異している12の遺伝子が見つかったのですが、研究チームはこの12遺伝子以外の遺伝子の変異も検証し、変異の頻度が小さくても重大な影響を与える場合があると結論づけています。この言が正しければ、可能な限り多くのゲノムを解読するという戦術に理があることになります。
AACR2010、多発性骨髄腫細胞の全ゲノムシーケンス、変異している12種類の遺伝子を特定

メルマガの中の学会レポ部分なのですが、非常に重要そうなのでメモ。Vogelstein氏の発表に関しては、Nature Blogにもありました。
AACR 2010: Cancer gives no simple answers
ブログ記事をやや乱暴に訳すと

  • 100くらいのヒトがんゲノム配列と他データから、定期的に変異が見つかった遺伝子は3142個であった
  • その3000あまりの遺伝子を、腫瘍抑制遺伝子と発がん遺伝子に分類
    • 変異の15%以上が短縮型だった遺伝子を腫瘍抑制遺伝子と想定し、286個を同定した
    • 同箇所の変異が2腫瘍以上で見つかった遺伝子を発がん遺伝子し、33個を同定した
  • これら320個の遺伝子は大体12のパスウェイに分類されるので、これらパスウェイを研究すれば治療法の改善につながるであろう

ということだそうです。Golub氏の発表にあった「12種類の遺伝子」と、Vogelstein氏の「12のパスウェイ」で、どのぐらいの重なりがあるのか興味があります。腫瘍抑制因子の発現量によって発がんリスクが変動するという論文も発表されてますし、がんの複雑なメカニズムも少しずつ解明されつつあるようです。