東大医科研ペプチド治験に対する朝日新聞の見解


 こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。

 朝日新聞が東大医科研で実施された臨床研究を批判した件は、とうとう司法の場で争われることになりました。(中略)

 提訴にまで至った理由は、朝日新聞が中村教授らの抗議に対して送付した回答書にあります。その内容は、記事には全く問題がないとするもので、中村教授らはこれ以上交渉しても意味がないと判断したようです。回答書は朝日新聞のWebサイトに掲載してあるので、読んでみました( http://www.asahi.com/health/clinical_study/101119_kaitou.html )。

 原告側がまず主張しているのは、有害事象が発生した臨床研究で使用されたがん治療ワクチンの開発者は中村教授ではなく、かつ臨床研究そのものにもかかわっていないのに、なぜ中村教授の名前を挙げて批判したのかという点です。 朝日新聞の記事には、次のような記述があります。「医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授がペプチド(注:ワクチンの抗原として使用したペプチドのこと)を開発し、臨床試験は08年4月に医科研病院の治験審査委員会の承認を受け始まった」

 しかし、上記のように、中村教授はこのワクチンの開発者ではありません。回答書ではこの点を次のように説明しています。(中略)
つまり、医科研が関係する臨床試験で使用されているがん治療ワクチンは、何であろうとすべて中村教授が開発者だと主張しているわけです。確かに中村教授はペプチドワクチンで著名な研究者ですが、研究組織の独立性うんぬんを言うまでもなく、この主張にはかなり無理があります。

日経バイオテクのメルマガ経由で、朝日新聞の回答文を読めたのはラッキーでした。引用文中で中略した朝日新聞の回答書を下に示します。

1.「記載内容が事実と異なる部分」とのご指摘について
(1)開発者氏名 について
 本件記事で、08年4月に医科研附属病院の治験審査委員会の承認を受け始まった臨床試験のペプチド開発者について、医科研ヒトゲノム解析センター長の中村祐輔教授と記述しております。ここで言うペプチドは、消化管出血が発生した膵臓がん患者対象の臨床試験で用いられた、がん細胞へ栄養を送る新生血管を標的とした血管内皮細胞増殖因子受容体の一種である「VEGFR1」由来のペプチドのみではなく、VEGFR1由来のペプチドを含む医科研開発のペプチド全体を指しています。また、「開発者」は、がんペプチドワクチンの探索やその実用化を推進するプロセスにおいて主導的役割を果たしている研究者という意味で使っています。 (中略)
(2)他の臨床研究実施状況 について
 本件記事1では「同一のペプチド」という表現はしておりません。記事の「同種のペプチド」は、「重篤な有害事象」(消化管出血)が発生した膵臓がん対象の臨床試験で用いられた「VEGFR1由来HLA-A0201拘束性エピトープペプチド」だけでなく、「VEGFR1由来HLA-A2402拘束性エピトープペプチド」も含みます。なぜなら、医科研病院ではこの有害事象発生後、HLA-A2402拘束性エピトープペプチドも含め9つの臨床試験で試験実施計画の改訂(被験者選択基準の変更)を行っているからです。したがって、同種のペプチドを使う臨床試験は少なくとも11の大学病院で行われ、うち6つの国公立大学病院の試験計画書で中村教授は研究協力者や共同研究者とされていたとの本件記事1は誤りではありません。
9つものの臨床試験が走ってるのに、そのうち1つで有害事象*1が発生したからって、残り8つの臨床試験すべてに影響するっていうのは・・・暴論すぎます。「同種」のくくりが大雑把すぎて、もしこの主張が通るなら、複数の臨床試験を同時運用してる施設・企業は全部アウトになりかねません。完全な捏造記事とまでは言えなくても、せめて事実じゃない部分は素直に訂正記事を掲載すべきでは。それが「患者のため」だと思います。

*1:重篤ですらないという意見が大半を占める