遺伝的か、後天的か


最近発表された2つの研究によって、虐待を経験した人の遺伝物質に変化が生じたという証拠が発見された。将来の健康に影響を与える形での遺伝子発現の変更を研究する学問である「非遺伝」疫学の分野は、いまだに謎が多く、今後もさまざまな発見が期待される。今回の2つの研究結果はその氷山の一角だ。
(中略)
 しかし、幼少期のひどい経験とその後の健康状態の悪さを関連づけることができたと仮定できたとして、それがなんだというのか。後成的遺伝学とは決定論で語られてきた遺伝子と操作することができる環境を昔から分けてきた垣根(常に誤解されやすい垣根でもある)を取り払うものだ。幼少期の経験によって運命が決定されるというのは、遺伝子によって運命が決定されることと大差はない。経験が遺伝子を変化させる役割を果たすのであれば、遺伝子と環境を分ける垣根は消えてなくなる。
 
 しかし、幸運なことに、医学の進歩のおかげで、遺伝子決定論は必ずしも一生のものではなくなっている。近眼の人が眼鏡をかけたり、発育障害のある人が成長ホルモンの投与を受けたりする例がそれを証明している。同じことが後成的決定論にもほぼ間違いなく当てはまるだろう。仕組みを理解すれば可能な解決策が生み出されるはずだ。
オリジナル論文→Exposure to violence during childhood is associated with telomere erosion from 5 to 10 years of age: a longitudinal study. Shalev I et al. Molecular Psychiatry. 2012. Epub online.

Childhood Adversity and Epigenetic Modulation of the Leukocyte Glucocorticoid Receptor: Preliminary Findings in Healthy Adults. Tyrka et al. PLoS ONE. January 2012. 7(1):e30148.
幼少期に虐待や、いじめ、両親間の暴力の目撃など、心理的ストレスを受けると、テロメアが短くなったり、ストレス反応遺伝子の周辺がメチル化されるという研究結果が出たそうです。オリジナル論文に目は通してませんが、引用記事の最後のシメが気に入ったのでメモ。「遺伝」っていうと、先天的で避けられないネガティブなイメージがつきまといます。上記の研究では、生まれた後の心理的ストレスでも遺伝子に変化が起こるあり、「先天的」とは違うイメージを与えるかもしれません。しかし、幼少期の心理的ストレスは、子どもでは避けられないケースがほとんどですから、従来の先天的な遺伝子ダメージと本質的には変わらないのではないでしょうか。重要なのは、遺伝子の変化・ダメージの元と派生する疾患との関連を調べて、それを治療できる医学を発展させることです。