ノロウイルス報道が増えたわけ


簡便なイムノクロマト法による迅速診断キットが、ノロウイルスについて商品化されたのは2008年冬のことでした。それまでは、高齢者がノロウイルス腸炎で亡くなっても、そもそも診断しようがなかったんですね。なので、2008年までは「高齢者のノロウイルス腸炎が見えない時代」といえます。
 
ただし、ノロウイルスによる食中毒は別です。(中略)
 
さて、2008年になり、ついにノロウイルスの迅速診断キットが発売されました。医療機関において簡便に診断ができるようになったのですが、まだ保険適応になっていなかったので普及までには至りません。全額(2000〜5000円程度)を自己負担で検査をお勧めしなければならなかったからです。
 
「感染性腸炎の迅速診断ですがノロウイルスだけは検査法があります。やってみますか? ただし、検査料3000円の自己負担をお願いしています」
ノロウイルスと分かったら、特別な治療法があるのですか?」
「いいえ、ありません。他の下痢症と同じことをします」
「では、結構です」
 
こんな会話が日本中で重ねられたことと思います。つまり、これは「高齢者のノロウイルス腸炎を見ようとしていない時代」といえます。だから、なかなか報道にもならなかったのです。
 
ところが、昨年(2012年)春、ついにノロウイルスの迅速診断が保険適応となりました。もうお分かりですね。安価に検査ができるようになったので、「高齢者のノロウイルス腸炎を見ようとする時代」がやってきたのです。
 
こうして、「お腹の風邪をこじらせて亡くなった」という解釈で終わっていた高齢者の下痢症について、少なからずノロウイルスが原因であることが、今年になって明らかとなってきました。そして、「介護施設ノロウイルス集団感染」という記事が紙面を飾るようになったのです。決して「昔は食中毒が多かったのに、最近は介護施設で流行している」わけではありません。これは単に、私たちの見る姿勢によって作られた観察事象なんです。これを、疫学の世界では「検出バイアス」と呼んでいるのです。
 
ただ、感染症の微生物名がつかなければ、新聞記者は報道しようがないし、行政は指導しようがないのでしょう。もちろん、ある程度のアウトブレイクなら保健所は察知して調べる努力をしています。でも、行政がアクションを起こせるのは(つまり指導を入れるのは)、やっぱり微生物名が明らかになってからねんですよね。症候に対して行動を起こしている医療者との懸隔について、もっと世間の人々は理解するべきでしょう。
 
いま、安価に簡便に迅速診断が可能なウイルスは、ノロとインフルエンザだけです(小児領域だったら、他にもアデノとか、RSとか、ロタとかありますけど・・・)。だから、お約束のようにノロとインフルだけ世間は騒いでいるのです。もし、今後、ヒトメタニューモの迅速診断キットが発売されれば、そこにヒトメタニューモが加わるでしょう。
そういえば、ノロだのロタなんて10年前はあまり見聞きしなかったかもしれません。昨今ニュースで騒がれるのは、ノロ感染が増えたからではなく、ノロ診断キットが保険適用になったからなんですね。DVやいじめ報道が増えたからといって事件数が増えたとは限らないのと同じ理論です。
ところで、「ノロウィルスとわかっても特別な治療法はない」のに、迅速測定が保険適用になったのはどうしてでしょうね?「あなたはノロに感染してます、でも普通の胃腸風邪と同じ処置をします」というんだったら、2000〜5000円の7割を健康保険でカバーする必要性はないのでは?