原因不明疾患をDNA解析で治す


よちよち歩きの頃から、ニコラス・ボルカー君(6)の腸は恐ろしいほどに炎症で腫れ上がり、結腸の切除など数えきれないほどの外科手術を必要とする状態となっていた。原因は不明だったが、少年が死につつあることは誰の目にも明らかだった。何とか原因を割り出そうとしたウィスコンシン医科大学の医師たちはわらにもすがる思いで、いまだ有効性が実証されていない方法を試した。DNA(デオキシリボ核酸)配列を解析したのである。

 医師たちが発見したのは、誰も想像すらしなかったDNAの突然変異だった。だがニコラスの症状はその変異によるものと見られたため、必然的に治療法が決まった。臍帯(さいたい)血から採取した細胞を骨髄に移植する方法である。まだはっきりしたことは言えないが、この治療は効果があったようだ。6歳になったニコラスは、いまだ移植による拒絶反応を抑えるための薬を飲んでいるし、今後も再建手術を受ける必要はあるが、現在の体調は良好である。(中略)
 今回のケースは、多くの医師が数年前から予想していたこと、すなわち非常にまれで診断が難しい疾患を抱える患者にとっては、DNA解析が最後の頼みの綱となることを明らかに示す最初の例となった。

オリジナル論文→Making a definitive diagnosis: Successful clinical application of whole exome sequencing in a child with intractable inflammatory bowel disease. Worthey EA, et al. Genetics in Medicine. Epub 2010 Dec 17.
クーロン病に似ているものの原因不明の劇症疾患を抱えた男の子を、DNA解析が救ったというニュースが出ていました。他に打つ手がなくなった医師たちは、男の子の遺伝子領域のDNAを解析し、見つかった16,124個の変異の中から、X染色体上のアポトーシス関連の新規遺伝子変異が判明。この発見を元に造血前駆細胞の移植を受けて、現時点では飲み食いができるまでに回復してたそうです。
とはいえ、今回の成功の中にも、解決すべき問題が沢山あります。難病を抱えた患者が、遺伝子診断のできる病院に殺到しても、誰が遺伝子診断を受けるべきかの検討があります。遺伝子診断を受けて突然変異が判明した場合の家族へのフォローも忘れてはなりません。現に上記のニコラス君の母親は「自分が突然変異を子どもに渡してしまった。もう次の子は産まない」とまで自分を責めていますから、家族・関係者のカウンセリング体制も重要です。最後に費用の問題があります。今回のニコラス君の遺伝子解析にかかった費用は、7万ドル(574万円)だそうです。貴重な命を救えたことは素晴らしいですが、この高額な検査を誰が負担するのか・・・保険会社、健康保険、それとも政府?21世紀は病院ごとにシークエンサーを設置する時代が来る、なんて鼻息が荒い野望もあるかもしれませんが、費用や資源から考えると、非現実的でしょう。こういう診断的遺伝子検査こそ、予算が欲しい研究所が受注できるようにすればいいと思います。